桃源郷の空の色

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年齢は勝ち負けではない


2017年7月20日

生涯現役を貫き、日本の医療に貢献されてきた日野原重明先生が亡くなられました。

いつも明るくて、朗らかで、ユーモアがあって楽しい人だった先生。
延命治療は望まず、周囲に感謝しながら
最期はご家族に見守られ安らかに逝かれたそうです。

十二分に生きて
みんなを楽しませ、喜ばせてくださったご立派な生涯。

あの優しい笑顔、温かな語り口を思い浮かべながら
ご冥福を心よりお祈りいたします。


二年前、103歳のときの日野原先生を書いた記事を
追悼の再掲とさせていただきます。


2015年5月29日

『年齢は勝ち負けではない』

実家から無事に戻りました。
帰るといつも、中学時代からの友人たちと会う時間を持ちます。

年代ごとに話す内容も変わってきていて
今回は親の介護や自分自身の未来についても話題に上りました。

あらためて思うのは、若さとか、幸せ不幸せは相対的なものではなく
『自分が感じるもの』だということです。

「あなた、若いわね!」と、たとえ人が褒めてくれたとしても
自らが若いと思わなければ本当の意味でそうは思えないですよね。
自分のことは自分自身が一番よく判っているのだから。


帰りの新幹線で読んだ「日野原重明さんの名言集」より

人間にとって最も大切なのは、命の長さだと思っている人は多い。

しかし、私が出会った人を振り返ってみて
その人の命が素晴らしい命だと思える人においては
ごく少数の例外はあるにせよ
命の長さはあまり問題ではない。

人間の夢見る幸福というのは
往々にして、貧乏するとか仕事に失敗するとか
あるいは病気にかかるということによって
一瞬にして不幸に変わってしまうような儚いものである。

病の中にも心の幸福を得るためには
どうしたらよいかということを考えなくてはならない。

生きがいとは
自分を徹底的に大事にすることから始まる。

私たちの身体は土でできており、身体は早晩、土に還る。

私たちは、この土の器の中に
はかりしれない宝を入れることが出来る。

私たちの寿命は
土の身体に何を容れるかを模索することで費やされる。

器は器のためにあるのではなく
中に何ものかを容れるためにあるからである。

鳥は飛び方を
変えることは出来ない。

動物は這い方、走り方を
変えることは出来ない。

しかし、人間は
生き方を変えることが出来る。



心の良い習慣というのは
表情や仕草にあらわれるものですね。
人の顔つきも習慣なのです。

よき眼と耳、温かい手と配慮の心
しみ込むような言葉を持ち人に接したいと思う心が
自分を豊かにしてくれるような気がします。

自分を相手に置き換える想像力を、いつも持っていたいものです。

「人生には無駄というものはない」
と、よく言われます。

しかし、後になってみないと
その本当の意味は分からないですね。
辛いことでも苦しいことでも、体験したことは
間違いなく自分の強みになる。


現在、103歳の日野原さんはこうも仰っています。

【年齢は勝ち負けではありません。
謙虚に、そして存分に味わえばよいのです】



母の笑顔を見ながら語り合えること
その命を想う気持ちを大切に

これからの人生も謙虚に
そして...
存分に味わっていこうと思います。



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『愛』

第99回全国高校野球選手権・東西東京大会の開会式が8日、神宮球場で行われました。

宣誓をしたのは、春季大会優勝校の主将である早実・清宮幸太郎選手。
高校通算103本塁打、史上最多記録にもあと4本と迫っている怪物くんです!

梅雨の晴れ間、青空広がる神宮球場でストレートに想いを表現しました。


宣誓。

私たちは野球を愛しています。

私たちは野球に出会い、野球に魅せられ、野球によって様々な経験を重ねてこの場所に立っています。

いよいよ今日から夢の舞台へのたった1枚の切符を得るための戦いが始まります。

私たちは東東京、西東京の頂点を競うライバル同士ですが、同時に同じ夢を追いかける同志でもあります。

青春のすべてをかけて戦うことができる幸せと喜びを

支えてくれるすべての皆様に感謝しながら

野球の素晴らしさが伝わるよう

野球の神様に愛されるように、全力で戦うことをここに誓います。



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1万5000人の観衆の前で、東西東京272校の球児を代表して臨んだ選手宣誓。
一度もよどむことなく、力強い声を響かせた1分14秒。
大役を堂々と務めあげ
「ホッとしてます。100点満点!」と、童顔をクシャッと崩したところはまだまだ18歳です。

野球への『愛』。
この言葉にこだわったのは
「好きっていうよりかは、愛しているので。
やっぱりもっとより想いが伝わるのかなと思いました。
まず野球がなかったら今の自分がないということと、人間的にも野球を通じて自分を成長させてくれたから」。

試験前の6月下旬に、悩んで悩んで一人で原稿を練り上げたそうですが
亡くなられた小林麻央さんの、最期の言葉『愛してる』にも影響を受けたことを明かしました。

「野球の神様に愛されるように」というフレーズには
「やはり運も味方につけないと勝てない」ということ。
「普段からの立ち居振る舞い、フェアプレー、全力プレーで高校球児らしくしていれば、おのずと野球の神様も味方をしてくれるんじゃないかな」と感じていることを込めたのだそうです。

高校野球のキャプテンは実力はもちろんのこと、その『人間性』が大きく求められます。
エースや四番打者だから必ずなれるというものではありません。
監督や仲間たちに認められてこその『主将』なのです。

負けたら終わりの夏の大会。
聖地・甲子園でチームの先頭に立ち、堂々の入場行進をする姿、楽しみにしています。

中学生のころから注目を集め、高校生になってからもご承知のような活躍ぶり。
みんなにチヤホヤもされるでしょうし、鼻が高くなることもあるかもしれません。

けれど、この素敵な宣誓文を自分の言葉で紡げる彼です。
地に足を着け、まっすぐに歩んでいくことでしょう。
野球の神様に愛されながら。



【小林麻央さんの言葉】


人の死は、病気であるかにかかわらず、

いつ訪れるか分かりません。

例えば、私が今死んだら、

人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか?

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

だから、

与えられた時間を、病気の色だけに

支配されることは、やめました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。

だって、人生は一度きりだから。



無題


それでも...それでも
幼い我が子たちの成長、愛する人の役者としての輝きも
傍で見守ることなく逝かねばならなかったこと

やっぱり...やっぱり
無念でたまらなかっただろうと思います。

去年九月から始められたブログを、私は全て読んできました。
前向きでありながらも、悩み、苦しみ、悔い
最後は壮絶な痛みと闘う日々 (子どもたちと過ごさせてあげたいと在宅医療を選択、ポートからの点滴、マッサージ、痛みのケアなどを習い、医師や看護師さんには往診で最小限のお手伝いをしてもらうにとどめ、懸命にサポートされたお母さまとお姉さまにも胸打たれました) が在るがままの姿とともに
嘘のない自分の言葉で、きれい事にせず綴られていました。

だから私には分かります、彼女とご家族の素敵さが。

二人が健やかに育ち、いつかお母さんのブログを読めるようになったとき
こんなにも素敵なママだったことを誇りに思うに違いありません、必ず、きっと。

麻央さん、どうぞ安らかに。




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先手と後手、その深み

破竹の勢いで突っ走っていた中学生プロ棋士・藤井聡太四段の連勝記録が遂に止まってしまいました。
応援していたのでとっても残念!

スポーツ大好きな私ですが、将棋好きだった父の影響を受け、一応、指すこともできます。
将棋もある意味、頭を使うスポーツだと思うのですよ!

父にはもちろん六枚落ちでも勝てませんでしたが...

兄とは飛車角落ちで、小学生の頃までは結構いい勝負をしていましたよ。
ある日、まぐれで勝ち
(藤井くん並みに?)泣いて悔しがる兄を横目に、得意満面で父に報告したことを懐かしく思い出します。


少しばかり将棋が判るので、みんなが注目していた(?)勝負メシや藤井くんのネクタイの柄や相手がスイス生まれのイケメンであることなどよりも棋譜のほうが気になったりしていました。

で... ...敗因となった一手がいろいろ取り沙汰されていますが
やはり敗れた最大の要因は、振り駒で相手に『先手』を取られてしまったことかなぁと思います。

振り駒というのは、サッカーなどで行われるコイントスと同じく先攻後攻を決めるものですが
第三者が振りますから公平、そこには『運』があるだけです。

将棋の場合、「先手」の勝率は52~53%くらいであり
「後手」との有利不利はさほどないようにも言われています。
しかし実際には、多くの重要な対局に於いては「先手有利」は動きません。

特に佐々木勇気五段は攻撃的な棋風で知られ、先手が獲れたことで思い描く一局を構築できたのではないかと思われます。
わずか「一手」先に指すだけですが、されど「一手」。
そこには11時間にも及ぶ対局の最初の深みが隠されているのです。

始まる前から、藤井くんは大きなハンディを背負った形。
序盤から相手のペースになってしまい、そのままの形勢で見せ場なく終盤まで行ってしまったというところでしょうか。
私がエラそうに言うことでもありませんが...(ノ´▽`*)b☆


実は私、羽生善治三冠が好きで、『宇宙人・羽生』が世に出た頃からのファン。
(羽生さん、チェスでも日本の第一人者なのですよ、海外での対戦のため英語も勉強して話せるようになった努力家です)。

今回の竜王戦トーナメントでは反対のブロックにいた羽生さんと藤井くんの対局があるやもと楽しみにしていて
直近の非公式戦で藤井くんに敗れた羽生さんですが
竜王戦では貫禄を見せ連勝記録を止めて、「やっぱり羽生は強かった!」となることを密かに期待していました。


惜しくも30連勝を逃してしまったけれど
14歳の藤井聡太くん(よく本を読んでいるのでしょうね、言葉の使い方が中学生とは思えません!)
その名のとおり、『聡明』な彼のこと、佐々木五段にリベンジを果たし
いつか羽生さんにも堂々と勝利し、遠くない未来には栄光のタイトルも掴んでほしいものです。


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投了となり、潔く『負けました!』と一礼する姿に将棋の魅力が詰まっているような気がして...好きです。


小ネタです☆

将棋とチェスは、元々は同じゲームが起源であると言われています。

起源となっているのは、古代インドの戦争ゲーム「チャトランガ」。
これがインドから西洋に伝播して進化したのが「チェス」であり、東洋のほうに伝播して日本で独自の進化を遂げたのが「将棋」です。

ちなみに「王将」と「玉将」の違い、知ってますか?

一組の将棋駒で、「飛車」「角行」「金将」「銀将」「桂馬」「香車」「歩兵」は両者一対となっていますが
「王将(王)」と「玉将(玉)」だけは、それぞれ1枚ずつしかありません。

王と玉の駒の動きに違いはなく、慣例として上位の者が「王将」、下位の者が「玉将」を使います。
棋譜・局面図に「王」を使うと、どっちがどっちを向いているか分かりにくため、王将も「玉」で表しますが
読み上げでは、「王将」も「玉将」も「ぎょく」で
自分側の王将(玉将)を「自玉」、相手側の王将(玉将)を「敵玉」と言います。

「王手」と言いますが「玉手」とは言わないし
将棋のタイトルに、「王将戦」はありますが「玉将戦」はありませんね(*^_^*)




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祈り


孤独こそが大事だ。

誰にも見られていないときにこそ 本当の自分がいる

周囲に人がいない孤独なときにこそ カッコよく生きろ!




俳優・田中 泯さんが木村拓哉さんに贈った言葉です。
なんだか... ...とても心に響きました。

自分らしく生きていこう!






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巡る春に


大事に と 身重気遣う温かさ 父と眺むる車窓の夕陽



あの日、たしかに育んでいた大切な命

優しく気遣ってくれた父と...夕陽に包まれて



人の心はさりげない一瞬に宿り
その記憶は永遠に残るのだろうと思います。



巡る春に

43回目の...お誕生日おめでとう!




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桃。


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